大判例

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東京地方裁判所 平成元年(特わ)2069号 判決

主文

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、平成元年一〇月二二日、「一〇・二二反戦・反安保労学統一行動集会」と称する集会に引き続き右集会参加者らにより行われた集団示威運動に際し、約一四〇名の学生らが同日午後三時四九分ころから同三時五六分ころまでの間、東京都千代田区紀尾井町二番一号清水谷公園出口先から同都港区元赤坂一丁目弁慶橋に至る間の道路上において、東京都公安委員会の付した許可条件に違反してだ行進を行って集団示威運動をした際、終始隊列の先頭列外に位置し、先頭列員が横に構えた竹竿をつかんで押さえ、あるいは引くなどして右隊列を指揮誘導し、もって右許可条件に違反して行われた集団示威運動を指導したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件について公訴を棄却するか無罪を言い渡すべきであるとして種々主張するので、以下その枢要な点について判断する。

一  公訴棄却の主張について

弁護人は、本件捜査手続きにおいては、平成元年一〇月二六日午後八時過ぎころ、就寝時刻を過ぎた取調べに抗議した被告人に対し取調べ警察官がスチール製机を両足くるぶし付近にぶつけ打撲傷を負わせる暴行を加えたばかりでなく、その捜査手続は被逮捕者の身柄拘束状態を利用して思想転向を強要するなどの意図のもとに予定計画的になされた弾圧であって、重大な違法があるから、右違法が公訴提起に直接結びつくか否かにかかわりなく、本件公訴提起は憲法三一条及び刑訴法一条に違反し無効であり、適正手続違反により公訴棄却すべきである。また、本件集団示威運動(以下、本件デモという。)はPACEX89への自衛隊参加反対を主要課題に反戦、平和という正当な目的でなされた相当な表現手段で、態様も統制がとれ整然としており、交通阻害もとるに足らない程度で、起訴すべき事案ではないし、また、捜査手続における前示のような意図、弾圧に屈伏しなかった被告人に対し、検察官が政治的、報復的意図の下に起訴したものであるから、本件公訴提起には著しい訴追裁量の逸脱があり、刑事訴訟法二四八条に違反し、同法三三八条四号によって公訴棄却されるべきである旨主張する。

しかしながら、所論が論拠の一つとする本件デモの許可申請の際、警視庁警備部警備連絡係担当係官が「ふるなよ。公安がてぐすね引いて待ってるぞ。」と発言をしたとの点については、これを聞いたとする証人宇田耕一郎自身が担当係官を取り違えているばかりでなく、そのような発言を聞きながらこれを他の関係者に全く伝えなかったというのも不可解であるうえ、同証人は右発言は許可申請用紙に記載中なされたというのであるが、右用紙は所轄署への問い合わせを含む折衝が終わって交付されるものであり、その時点では在席している応対係官の一人証人斉藤博之はそのような発言の存在を否定していることにも徴し、認められず、その他関係証拠を検討しても、後記説示の本件犯行状況等に照らし、本件捜査が所論のような意図のもとに予定計画的になされた弾圧とは認められない。また、捜査手続内で生じた重大な違法が公訴提起の効力を失わせる場合がありうるとして、仮に被告人が供述する暴行の事実関係を前提してみても(但し、負傷の点については、被告人自身その確認に来た警察官に対し黙秘してこれに応じていないばかりでなく、その訴えを受けた弁護人も当時何ら診断、治療を求めた形跡がなく、本件において医学的にこれを裏付ける資料も提出されていないことなどに徴し、認めがたい。)、公訴の提起が検察官の極めて広範な裁量にかかることに鑑みれば、本件が公訴提起自体を無効にすべき場合に当たるとは到底解されない。また、被告人の本件行為が可罰的違法性を有することは後記説示のとおりであり、起訴すべき事案でないとはいえないし、本件全証拠を検討しても、本件公訴の提起が訴追裁量権を逸脱しその無効を来すものとは到底認められず、政治的、報復的起訴であるとも認められない。右各主張は採用できない。

二  憲法違反の主張について

1  文面上違憲の主張について

弁護人は、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下、都条例という。)は、〈1〉三条一項本文で示されている集団示威運動等の許否の基準が不明確で、実質上許可制として機能する余地を多分に残す点で、憲法二一条に違反する、〈2〉三条一項但し書三号「交通秩序維持に関する事項」は、条件付与に当たり準拠すべき基準としては余りに不明確であるうえ、同条件は犯罪構成要件そのものとなるのであり、公安委員会に必要以上の裁量の余地が残されている点で、憲法三一条に違反する、〈3〉法律によらずに表現の自由を制約し、その刑罰は上位法である道路交通法に比して重い点で、憲法九四条に違反する、旨主張する。

しかしながら、都条例が憲法二一条に違反するものでないことは最高裁判所昭和三五年七月二〇日判決・刑集一四巻九号一二四三頁の示すところであり、都条例三条一項但し書三号が憲法三一条に、都条例が憲法九四条に、各違反するものでないことは、昭和二七年徳島市条例第三号集団行進及び集団示威運動に関する条例に関し最高裁判所昭和五〇年九月一〇日判決・刑集二九巻八号四八九頁が説示し、その趣旨とするところであって、弁護人指摘の諸点を踏まえ更に検討してみても、これと異なる見解をとるものとは考えられない。右各主張は採用できない。

2  運用違憲の主張について

弁護人は、都条例の運用の実態にふれ、〈1〉東京都公安委員会は「重要特異なもの」を除き集団示威運動等の許可事務を警視総監以下の警察官に委任しているが、何が重要特異かの第一次的判断権は警備部長以下の警察官にあって、恣意が働くおそれがあり、許可事務の処理結果も事後に報告を受けるのみで実質的には殆どチェックされていない、〈2〉許可の際付される条件は犯罪構成要件そのものであるのにその内容も全て警備部長以下の警察官に委ねられ、明確な基準、内容限定が付されておらず、刑罰法規の白紙委任的運用であり、憲法三一条に違反する、〈3〉現に付されている条件は極めて曖昧なものであり、現場の警察官が過度に集団示威運動等の表現活動を規制することを可能ならしめるものであり、憲法二一条に違反する、〈4〉右許可申請手続においては事前折衝のもとに事実上コース変更等を強制している、かかる運用の一環として行われた本件条件付許可処分は憲法二一条等に反し、その瑕疵が重大かつ明白であるから違憲・無効である旨主張する。

しかしながら、証人斉藤博之の供述からも明らかなとおり、東京都公安委員会が内部規定により警視総監以下に委任しているのは許可事務だけであり、不許可処分、許可取消処分、進路変更等の不利益処分、メーデー等の大規模な集団示威運動等の許可処分は重要特異なものとして除外しており、右事項はそれ自体に明確性があるうえ、重要特異なものでないのにこれに該当するとした場合は公安委員会の直裁を受けることになるし、逆の場合は許可されるから、不当な恣意が働くとはいえない。また、付される許可条件についても都条例三条一項但し書の範囲内で予め公安委員会の承認を得たものであることが認められるのであって、白紙委任とはいえないし、その内容が曖昧不明確なものではないことは前示最高裁判所昭和五〇年九月一〇判決が説示するところに照らしても明らかである。従ってまた、多数の許可事務の迅速、かつ能率的処理を図るために、その処理結果を事後的に取りまとめて報告させたとしても、都条例が許可事務を公安委員会の権限に委ねた趣旨に反するともいえない。更に、一般に集団示威運動等の許可申請に際し、申請者またはその代理人と担当係警察官との間で事前折衝がなされ、その際担当係官が集団示威運動等の行進順路等について申請内容を変更するよう要望等することがあり、申請者も時間的制約等もあり予定に支障を来すことなどから右要望を受け入れている運用実態があるとしても、所論が指摘するような警視庁警備部警備連絡係での事前折衝を行うことが事実上強制されているとは認められないし、事前折衝そのものについても最終的には申請者において右要望を受け入れず希望どおりの内容の許可申請書を提出することができるのであるから、実質的に強制に当たるともいえない。なお、本件事前折衝においては当初から許可どおりの進路が申請され、担当係官から格別進路変更等の要望等がなかったことは、前示証人斉藤の供述に徴し明らかであり、これに反する証人宇田耕一郎の当公判廷における供述は右斉藤証言、弁護人の冒頭陳述の内容等に徴し措信できない。右各主張も採用できない。

三  可罰的違法性の不存在の主張について

弁護人は、前示のとおり本件デモはその目的が正当であるうえ、表現形態も権利行使の範囲内にあり、態様も整然統制のとれたものであって、交通阻害も微々たるもので、可罰的違法性がない旨主張する。

しかしながら、前掲証拠によれば、本件デモは、都心部に位置する判示清水谷公園出口先から弁慶橋付近までの道路上において、約三〇〇メートル弱、約七分間にわたり、だ行進を繰り返し、うち多数回にわたり道路中央線を超え、うち数回にわたり対向車線上深く進入するなどしたものであり、この間、被告人は、警察官の再三にわたる警告等を無視して判示のとおり終始右だ行進を指揮誘導したものであって、右だ行進により同道路上の交通が、逆行車線はもとより、順行車線においても、少なからず阻害されていることも認められるのであり、右デモの状況に徴すれば、被告人の本件行為は社会的に許容される相当性の範囲を逸脱したものであって、可罰的違法性を有することは明らかである。右主張は採用できない。

四  ビデオテープの証拠能力について

弁護人は、本件ビデオテープについては、その承諾がないのに令状なしに撮影されたもので、違法三五条、刑事訴訟法二一八条に違反するし、そうでないとしても、最高裁判所昭和四四年一二月二四日判決・刑集二三巻一二号一六二五頁が示す要件がなく、ビデオ撮影の適法性を欠くものであって、違法収集証拠であるから、証拠能力がない旨主張する。

しかしながら、令状がなくともその承諾なしにビデオ撮影が許される場合があることは、弁護人指摘の判例が示すとおりであり、当公判廷で取り調べた証拠等からも明らかなとおり、本件においては、平成元年に限っても、これに先立ち、本件と同一主催団体により、二回、同一場所で、同様なだ行進による集団示威運動が行われたとする事態があったうえ、当日、約四〇〇名の参加者があり、判示清水谷公園での判示行動集会に引き続きなされた第一梯団による本件デモにおいても同様の都条例違反が生ずる相当高度の蓋然性が生じ、予め証拠保全の手段、方法を取っておく緊急性と必要性があり、かつその撮影、録画した方法も社会通念に照らし相当な範囲内のものであったと認められるから、だ行進開始約一分数秒前に同公園出口の道路上付近の撮影が始まり、だ行進開始約三〇秒前から本件デモの先頭で指揮した被告人が写されているからといって、前示判例がこのような場合まで全て排除する趣旨とは解されず、この点を以て違法とはいえないし、撮影の必要性はその場の具体的状況等にもよることであって、本件デモの存在が二、三日前から分かっていたから令状を取る時間があったとの所論は、一般令状の容認につながりかねず、疑義があり採用できず、従って、本件ビデオ撮影が違法とはいえず、本件ビデオテープは証拠能力を有するものというべきである。右主張も採用できない。

五  その他、弁護人らが主張する点を精査検討しても、本件が公訴棄却または無罪の言渡しをすべき場合であるとは認められない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例五条、三条一項但し書三号に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部にこれを被告人に負担させることとする。

(求刑 罰金三万円)

よって、主文のとおり判決する。

(田中亮一)

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